在外研究記Jun. 2010

在外研究(アメリカ合衆国)

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6/1(火)

昨日(5/31)は,memorial dayで休日.夜に日本の学生と打合せ.

6/4(金)

WisconsinそしてWinnipegへ向かうため,お昼にSalt Lake空港へ向かう.いざ,駐車場に入ろうとしたときに,ゲートに並列に停車している左側の車からいろいろ聞かれる.4日間でかけるということなので,こちらのparkingのほうが安いですよと答える.話し終わって,後ろをみてみたら数台車がとまっていた.Denverで乗り換えて,Madisonの空港へ行き,友人と会う.

6/5(土)

友人と,いろいろな話をする.彼の研究の話が結構おもしろかった.そして,彼は会社を設立していて,その関連の話もいろいろと聞く.彼曰く,CGや画像処理の専門家がもっと多く医療の分野などにはいるべきだとのこと.特に,彼も処理速度の向上のためにGPUには興味を持っていた.

また,ある方がオーストラリアのソーラーカーレースに参加された時のビデオを見せて頂く.これは,機会があったらうちの学生達に見せてもよいと思った.実質的には,1日の滞在だったけれども,いろいろと有益な情報を得ることができた.

6/6(日)

Chicago経由でWinnipegへ向かう.ところが,MadisonからChicagoの便が2時間半以上遅れる.そして,Chicagoでの乗り継ぎ時間は2時間半.もし乗り継げなかった場合のために,ChicagoからWinnipegへの1本後の便をバックアップで予約してもらう.そして,シカゴの空港をtaxingしている時に時計を見ると,15:00.そして,Winnipegへの便は15:13の出発予定.flight attendantの方に,「僕間に合いますかね」と話すと,「分からないわ」とのこと.どこのゲートに着くか分からいけれども,ターミナルは同じとのこと.「じゃあ,僕は(ターミナル間の移動バスに載らないで)走れますね.」と言う.

そして,ゲートについたのは,15:10.僕の話を聞いていた前の席の方が,「先に行きないさい」といって,先に行かせてもらう.そして,走る.階段を駆け上がると,「Winnipegへのboardingをこれから始めます」とのアナウンスが.思わず,「I’ll go, I’ll go!」と言ったら,パスポートチェックを受けてくださいとのこと.パスポートのチェックを受けて,搭乗する.なんとか間に合った.

Winnipegの空港に無事到着.ところが,乗り継ぎ時間が短かったからか,なんとbaggageがシカゴにあるとのこと.ゲッ.おそらく,今晩には着くだろうとのこと.残念ながら,baggageは配送されなかった.

6/7(月)

朝,航空会社に電話をして,baggageはどうなっていますかと聞いたら,おそらく,午後には着くと思うだろうとのあいまいな返事.とりあえず着替えが全くないので,近くのスーパー(といっても片道30分くらい)で歯ブラシや着替えの洋服などを購入する.お昼に,再度,航空会社に電話をしたら,なんと僕のbaggageは,サンフランシスコからオレゴンに向かう便の中にあるそう.たぶん,今晩中には着くでしょうとのこと.うーん.

午後に,こちらの大学に向かい,研究の打合せをする.僕のつたない論文をかなり読んで頂いていて,少しびっくりする.研究の方向性に関して,いろいろ話し合いをする.その中で,僕が発表した研究が見方を変えると,実は,こちらの方が考えられていた問題に非常に近いことが分かる.そして,実は,一件余計な拘束をかけると,いろいろなことがうまくいきそうだというものおもしろいと思った.

ホテルに帰ると,ちょうど航空会社から電話があり,baggageがWinnipegの空港に到着したので,これから届けますとのこと.夜の8時すぎに無事にbaggageが到着.

6/8(火)-11(金)

ホテルから大学まで,片道2km,そしてホテルから夕食を食べるレストランまでも片道2km程度.毎日よく歩いた.大学に着くと,結構,足が棒状態だった.

わずか5日間だったけれども,集中的にいろいろな話ができ,非常に有益だった.国際会議で知り合ったことが発端なのだけれども,こういう打合せも重要だなと改めて感じた.

滞在中,t-mobileの携帯がroamingで利用できた.かかってくる電話はもちろん国際電話.銀行からと,間違い電話の2件の電話があった.

6/14(月)

6/12(土)朝5時にホテルをでて空港へ,予定ではお昼にはソルトレイクに着く予定.

Denverまでは順調に到着.ところが,Deverで飛行機に搭乗した後なかなか出発しない.1時間半経ってから,一度飛行機から出るように言われる.その後,メカニカルトラブルのため飛行機がキャンセルされる.

UnitedのCustomer Serviceへ行くと,明日の便に乗るか,アリゾナ経由で夜に到着する便になるとのこと.結局,Idaho Falls経由での便があることがわかり,それに搭乗.Idaho Fallsからの便はDelta.はじめて,アメリカに来た時に,Deltaの乗り換え便で,Salt Lake空港に来た時のことを思い出す.

Salt Lake空港に無事に到着.ところが,また荷物がでてこない.Deltaのbaggage claimに問い合わせると,荷物はまだDenverにあるそう.後日配送してもらう手配をして帰宅.

6/13(日)朝になっても荷物がこないので,Deltaに電話をすると,Salt Lake空港のunitedのところに着いているとのこと.これから配送の手配をしますとのこと.ところが,夕方5時になっても来ないので,再度Deltaに電話をすると,空港のunited のところにあるとのこと.朝電話したときにも同じだったのに状況が変わっていないのはどういうことですかと聞くと,一瞬凍っていた(でも,荷物が遅延している人の気持ちも分かって欲しいところ).仕方がないので,unitedに電話をすると,午後9時から朝3時の間に届けるか,取りに来てくださいとのこ.仕方がないので,空港まで片道1時間,荷物を取りにいく.今回は,2度の荷物遅延と遅延によるぎりぎりの乗り換えで,少しまいりました.

6/14(月).久しぶりに,オフィスに行きSederberg先生とミーティング.Sederberg先生は,いろいろなアイディアがどんどんでてくる.そういった中から,本当によいものを発表している感じがする.あと,2ヶ月半最後まであがく予定.

6/15(火)

夜に日本の学生と研究打合せ.

6/17(木)

夜に日本の学生と勉強会.

6/18(金)

CADカンファレンスに参加するため,ソルトレイク空港へ.空港で,前回,2度もdelayed baggageにあったので,今回はないようにお願いしますと言ったのだけれども,特別に対応はないよう.デンバーで乗り換え,さらにワシントンDCで乗り換えへ,ドバイへ.ドバイのパスポートコントロールで,審査官に日本語で話しかけれちょっとびっくりする.母親が日本人なのだそうだ.

6/19(土)-6/26(土)

ドバイは,外はやたら熱く,ホテルの中はやたら寒い.そして,時差ぼけもあわせて,毎日非常に疲れてしまった.

会議中に,何人かの先生に,顔を見たことがあると声をかけられる.いろいろ話して,知り合いになる.以前,国際会議である先生と雑談をしていた時に,日本人の先生に「お知り合いですか?」と聞かれたときに,いいえ雑談していただけですと答えたことがあったことを思い出す.この先生とも,今回の国際会議でだいぶお知り合いになることができた.次回sabbaticalの機会があったらぜひ僕のところにとおっしゃって頂く.社交辞令かもしれないが,ちょっとうれしい.しかし,それと同時に,自分がまだまだであることも実感する.

また,ある時に,「もともとは砂漠であった場所に高い建物を建てて地盤は大丈夫なんですかね?」とある著名な先生が話しかけられてきたときがあった.「いつ自分の国へ帰られるのですか?」と聞いてみたとことろ,8月末までシンガポールと中国の共同研究先に滞在するそう.うーん,なかなか日本では考えられないことだ.シンガポールや中国の学生たちには,日本の学生たちに薄れつつあるように感じる必死さがあるからなのだろうかと勝手に想像する.

時差ボケのため,毎日2,3時間ごとに目が覚め,朝4時頃から起きていることが多かった.そのため,朝食は,レストランの開く毎朝6時半から食べる.毎朝,同じように朝一番でいらっしゃる先生がいらっしゃり,毎日のように1時間半くらい会話をしながら朝食を食べる.僕以外のほとんどの日本人の先生が東大出身で,僕だけ違うという話しになった.もっと,日本大学の名を知らしめるためには,よい研究をしないといけないと改めて思う.朝食に,こんなにゆっくり時間を割くのは普段では考えられない贅沢な気がする.しかしながら,日頃疑問に思っていたことに答えが見つかったり,いろいろな考えを知ることができた.

日本人の先生方ともいろいろお話をする機会があった.最近の研究のトレンドなどいくつかの非常に有益な情報を得ることができた.

サッカーのワールドカップで,日本がデンマークに勝った朝,フロントにチェックアウトの時間を聞きに行く.すると,そこにいた西洋人らしき人に,「日本はサッカー買ったね」と言われる.「そうなんですよ...」と話して...ん???「なんで僕が日本人だって分かったの?」と聞くと,「こんなに朝早くからうれしそうにしているのは日本人以外にはいない」とのこと.ホテルの従業員の方とも大爆笑に.そんなに,うれしそうな顔をしていたのだろうか(でも,やっぱり日本代表が買ったのはうれしかった).僕が,日本人だということが分かり,何人かの従業員におめでとうと言われる.日本代表の勝利の影響は,こんなところにまで.

ホテルでは,英語のみだったのだけれどもNHK Worldが放映されていた.BBCやCNNなどは,ほぼニュースばかりを扱っているのに対して,NHK Worldは,芸者や,日本のホテルのおもてなしの仕方などなど,日本の文化を世界に伝えていることを感じた.どれだけの人が興味を持って見ているのかは分からないけれども,日本のことを知ってもらうためには大切なように感じた.

6/25の夕方にドバイの空港へ.翌日の出発まで5時間以上あったので,ひたすら待つ.アメリカ行きだからだろうか,飛行機に乗る前に全員のボディチェックと手荷物検査があった.ワシントンDCでは,税関で別のレーンに移されチェックを受ける.荷物からお土産のお菓子が見つかり「これは申告しないといけないんだよ」と言われ,「はい,次回からはそうします」と答え,無事に通過.サンフランシスコを経由して,ソルトレイクへ.今回は,手荷物の遅延もなく無事到着.

ドバイーワシントンDCが13時間半,サンフランシスコまでが5時間半,ソルトレイクまでが1時間ちょっとと,本当に長旅だった.ソルトレイクの空港に置いておいた車を運転してOremのアパートまで帰る.

6/28(月)

久しぶりに,BYUのオフィスへ行く.1週間前にはまだ山にだいぶ雪が残っていただけれども,だいぶ減ってきていた.こちらもだいぶ暑かったのだろう.午後にはエンジンがかかってきて,だいぶプログラムを書く.

日本帰国まで,2ヶ月を切る.もうここまできたらあまり成果を出すことにはこだわらずに(あきらめるわけではないけれども),いろいろ学んでいこうと思う.行動をしていれば,行動をしているだけ学んでいることがあるはずだ.

6/28(火)

夜に日本の学生と研究打合せ.

Jul. 2010